前田裕二の幼少期!親と死別した小学校時代に自己分析、抽象化、転用

前田裕二の生い立ち

SHOEROOM株式会社代表取締役社長の前田裕二さん。ベストセラーになっている「メモの魔力」では、各地でメモ魔会が行われるなど、話題になっています。

そんな前田裕二さんの壮絶な幼少期。8歳で親と死別して兄弟だけになったこと。

親代わりの兄を喜ばせようと小学校でトップを目指したけど叶わなかった小学校でのAさん事件

SHOWROOMの原点となった小学5年生の時の路上ライブ」などをまとめてみました。

前田裕二の幼少期!親と死別した小学校時代

前田裕二の幼少期

引用元https://stage.st

前田裕二さんは1987年6月23日生まれ。物心ついた頃から父親はおらず、母と10歳上の兄との3人ぐらしで幸せに暮らしていたようです。

そんな前田裕二さん、幼少期8歳の時に母と死別しているんです。死因は公表されていませんが、「世界の色を失った」と表現するほどショックだったようですね。

そりゃそうです!そりゃそうですよ!8歳ですから。小学2年生。兄と2人になんて・・・ショックですよね。

miho

母親と死別してからしばらく友達の家を転々としていたようですね。ときには警察署で就寝させてもらったこともあるとか。

数カ月後、親戚の家に引き取られたようですが、母親がなくなったショックもあり、新しい環境には馴染めなかったようです。

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前田裕二の幼少期!小学校Aさん事件

前田裕二の幼少期

引用元https://stage.st

小学生時代にAさんと出会った事が、前田裕二さんの人生に大きな影響を与えています

前田裕二は幼少期、学年トップを目指す

前田裕二の幼少期にコンプレックス

引用元https://magazine.showroom-live.com

幼少期の前田裕二さん、自分を育ててくれたお兄さんを喜ばせたい!そう考えていたようです。成績がトップになれば喜んでくれるかもという思いでトップを目指しました。

運命なんかに負けるものかという思いで努力したようですね。

前田裕二が勝てなかったAさん

前田裕二の幼少期Aさん事件

引用元https://careerhack.en-japan.com

そんな前田裕二さんがどうしても勝てなかったのがAさん。

Aさんは、数学の授業で学校で習っていない事をスラスラとやってのける生徒。それはただ、塾に通っていて学校よりも先に進んでいたから。

後天的な努力で負けるなら納得いくけど、先天的な条件の違いで知識の差が生まれたり、勝敗が決まるのはおかしい!

前田裕二さん、そう思っていたようです。この時ほんとに悔しかったようですね。

今でもこの時のことを思い出し、こんな事じゃまたAさんに負けてしまう!と自分を奮い立たせてるそうです。ストイックですね。

miho

前田裕二の原動力となっているコンプレックス

前田裕二の幼少期

引用元https://careerhack.en-japan.com

Aさんに勝てなかった事。自分の置かれている状況に負けたくないという幼少期のコンプレックス。

自分は圧倒的な努力で、自ら機会を創り出して勝っていかないと、過去の逆境を正当化できないまま人生が終わってしまう。

圧倒的に成長して勝っていきたいというのが前田裕二さんの原動力。自分自身を自己分析する事はこの頃から身をもってされていたんですね。

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前田裕二の幼少期・SHOWROOMの原点

前田裕二の生い立ち

Twitterより

前田裕二さん、この環境から抜け出す為に、「とにかく自分でお金を稼ぎたい」という思いが強くなっていったようです。自立したいという思いですね。

前田裕二は小学4年生で飛び込みバイト?

前田裕二の幼少期

Twitterより

とにかく自分で稼ぎたいと考えた小学4年生の前田裕二さん。まず、近所の駄菓子屋へ直談判に行ったようですよ。

小学4年生の前田裕二さん

時給400円で働かせて下さい!

もちろん答えはノーです。でも、小学4年生の前田裕二さん、へこたれません。次は近所のコンビニへ!ですが・・・

コンビニでは話も聞いてもらえず門前払い!

miho

前田裕二は小学校5年生で路上ライブ

前田裕二の幼少期

引用元https://r25.jp

どうやって稼ぐか」小学生の前田裕二さんは考えて考えて考え抜いたようです。そこで浮かんだのが親戚の兄に譲ってもらったギター。

これを必死に練習して路上ライブをするんです。ただ、小学生が路上ライブをしていても立ち止まる人はそういないですよね。

前田裕二はお客さんの反応を分析

前だ裕二の幼少期!路上ライブ

引用元https://r25.jp

オリジナル曲のほうがお金を稼げると思って作ったようですが・・・

miho

全く立ち止まってくれない。どうやったら立ち止まってくれるのか。

お客さんの反応を見ながら分析し、考え出したのがカバー曲です。お客さんの求める曲を歌うというスタイルに変えたわけです。

前田裕二のファンを作る

前田裕二の幼少期

引用元https://www.nomura.co.jp

お客さんに「歌ってほしい」と言われた曲を次回までに練習して披露する。そう約束する事でまた来てくれる機会を作る。

自分のために一生懸命練習してくれた曲を聞き、感動してファンになってくれる。このいいサイクルができていったんですね。

まさに、自己分析から抽象化し、転用するという事を小学生時代からやっていたんですね

miho

少しずつファンも増えていき、1万円をくれるファンもいたとか。この頃から人を引きつけるすべを身に付けていたんですね。全ては今に繋がります。

こんな声で歌われたらファンになっちゃいますよね。

まとめ
いかがでしたか?前田裕二さんの壮絶な幼少期。
8歳で母親と死別し兄と二人に。親代わりの兄を喜ばせようと成績トップを目指すもどうしても勝てなかったAさん。勝てなかった理由、自分の置かれている環境で負けたというコンプレックスは今でも持っている。その為に誰よりも努力するようになった。
誰の世話にもならずにお金を稼ごうと親戚のお兄さんにもらったギターで路上ライブをはじめた。路上ライブでは自己分析し抽象化し、転用するという事を小学生ながらやってのけ、ファンを増やしていった。
壮絶な幼少期の前田裕二さん。知れば知るほど応援したくなるのは私だけではないはず。これからさらに活躍されるであろう前田裕二さんから目が離せませんね。
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